@バンコクだより


2003年から7
年過ごした
タイの記録です
 

Aインドシナ半島の国々


カンボジア、ラオス、ベトナム、ミャンマー、マレーシア、半島の国々を訪問した記録です。


 B中国・常州だより


2010年から約3年仕事をしました。
その時の記録です。
 
 tanisan 4歳 


Ctanisanのアトリエ


長年描き続けていますが一向に、
うまくなりません。
時間が出来たら、もう少し没頭
したいのですが・・・・
美の感性の刺激を求めて

 tanisanの世界へ   ようこそ
夫々のtanisanの世界を散策ください!!


 D山紀行 


ライフワークです。
少しずつ楽しみの輪を大きく
しています。

VOL.14


2013.08.01更新

 
 

来訪者
  Counter


E地域・・・大宰府


tanisanの地元です。


 F知的好奇心の世界に 


世の中知らないことだらけ 




G未知の世界へ


何時かは
行ってみたい・
ふれてみたい・
しびれてみたい

 



H健康・年金生活・・
  その他諸々 



(工事中)
 




      

 徒然なるままに   
       
徒然草の冒頭・・・・・
徒然なるままに 日暮し硯に向かひて、心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き付くれば、,あやしうこそ物狂ほしけれ・・・・  吉田兼好


・・・・・tanisanの近況・・・・・
9月2日
8月28日tanisanの母親が他界しました。大正8年生まれ、激動の時代を95歳まで元気に生き抜きました。神奈川に居る姉の近くの
擁護老人施設に入っていたのですが、亡くなる前日でも一人で出歩くほど元気でした。体調の急変で、ほとんど苦しむことなく旅出ったようです。

その日、tanisanは九重の大船山に登り、久しぶりの山歩きを楽しんでいました。”坊がツル”でテントを張り、満天の星の輝きに酔っていました。
夜の8時に携帯の電源を入れ何も連絡がないのを確認して休んだのですが、どうやらその直後に亡くなったみたいです。
その晩、深夜から、天気予報に反し雨が降り始め、風も出始めました。
翌日9時過ぎに再び携帯の電源を入れて、姉や、子供からも何度も連絡が入っているのを知りました。直ぐに電話を入れても、
1500m近い高地から、なかなか電話が繋がりません。ようやく姉と繋がり、昨夜9時過ぎにお袋が亡くなったことを知りました。
須賀森峠のガレ場を歩いていたときです。信じられない気持ちと、現実が交錯して、頭がパニクリながら、夢中でガレ場を小走りで下りました。
火山灰の黒い土壌の急な坂道で、何度も足を取られ、こけながら、優しかったお袋が、次から次に現れ、あふれる涙を止めることは
できませんでした。

長者原の駐車場まで掛け下りてきて、高速で自宅まで戻り、必要なものを鞄に詰め、神奈川に向かいました。
親との別れは、子供にとって何にも代えがたい悲しみです。普通95歳と言えば天寿を全うしたお祝いに近いものになるのでしょうが、tanisanはとても
そんな気持ちにはなれません。冷たくなったお袋の顔を触りながら、人前もはばからず泣けて泣けてなりませんでした。

30日の通夜、31日の葬儀と慌ただしく時間が過ぎ、1日に骨壺に入ったお袋と共に太宰府に戻ってきました。





(追記)
上の写真は、tanisan4歳の時の写真です。この写真から60数余年の歳月が流れました。人生って本当に ”奥が深く、不思議・・・・!!” 
平和な時代に過ごすことが出来、いろんなものを見て、いろんな経験をして、そして、次の世代に引き継いでゆく、そんな、当たり前の営みを
感じるようになってきました。
そろそろ振り返って足跡を眺める年かな〜〜そんなことを、ふと考える年になりました。







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