過去のコラム  トップページに戻る
2017.09.18
日本は、敬老の日、 中国は、国辱記念日(満州事変勃発)

今年は、9月の第3月曜日が9月18日になったため、中国の国辱記念日と同じ日になった。
数年前の、反日感情が燃え広がっていた頃と比べれば、今年は、比較的大人しいが、
中国では、この日は、非常にデリケートな日であることには変わりはない。
日本の、若い駐在者など、こうした歴史を知らないことが多いが、中国で仕事をする上で
教養として、身につけておく必要性を強く感じている。

敬老の日
国民の祝日。9月の第3月曜日。もとは9月15日。老人をうやまい長寿を祝う。「老人の日」を昭和41年(1966)から祝日としている。

国辱記念日
中国は、満州事変(柳条湖事件)が始まった1931年9月18日(9.18)を「国恥記念日」として強く記憶にとどめ、小学校の授業から愛国教育の一環として指導している。各地で愛国イベントが開催される。

2017.08.25
野球観戦
(ヤフオクドーム)

久しぶりに、ホークス応援に球場に行って来ました。
このところ6連勝と好調なので、球場周辺は早くから大勢の人でいっぱいです。
老若男女、レプリカのホークスユニホームをまとい皆、ボルテージが上がっています。

そもそも,tanisanのホークスフアンの歴史は、半世紀以上になります。
南海ホークス時代、ダイエーホークス時代、と経て3世代にまたがっています。
大阪の難波球場には、親に連れられて、子供のころからよく足を運んだものです。
鶴岡監督の時代、野村や杉浦、門田の全盛期のころです。

あの当時の、フアンの応援風景と、今とでは随分時代の変化を感じてしまいます。
特に、大阪球場のヤジ合戦は面白く、役者そこのけの良く通る声で、辛辣なヤジを
飛ばす名人がいて、本当に面白かった思い出が蘇ってきます。

昨今の球場風景は、ショーのような感じで、垢抜けし洗練されているものの、昔の
あの泥臭い、おおらかな雰囲気はありません。

残念ながら、本日の試合は,最下位の千葉ロッテに大差で破れてしまいましたが、
久しぶりに野球観戦を楽しんできました。

 
 
 2017.07.02〜03
島原半島一周と雲仙普賢岳登山 そして出会い

車中泊で、長崎島原半島1周と普賢岳登山を楽しんできました。
内容は”HP旅”のページに紹介しますが、今日の話題は、面白い出会いです。

早朝から、池の原駐車場〜仁田峠〜妙見岳〜国見岳〜普賢岳と山歩きを
楽しんで、11時頃駐車場に戻ってきました。
汚れと汗を流すべく、雲仙温泉の共同浴場(だんきゅう風呂)へ行った時の事です。

200円を払って風呂に入ると、先客(30代かな?)が一人湯船につかって
いました。
”こんにちは・・・”挨拶をして、tanisanも体を洗って乳白色の少し熱めの
湯船につかり、朝の山歩きの疲れを温泉で癒していました。

どちらからともなく会話になり、その人が東京から来ていることを知りました。
その場は、世間話で湯から出たのですが、着替えて、外に出て、湯上りの
ほてった体を、涼んでいたら、その先客が、
”温泉が好きなら、よろしかったら読んでください。私が書いた本です。”
と1冊の本をtanisanに差し出したのです。

ここから先は、あとで分かったのですが、その人は、日本の温泉に魅了され
日本全国の温泉を巡っては、記事にして本に出版されている温泉の達人?
だったのです。帰ってからYahooやU−tubeでも、その人が紹介されている
のを見てビックリしました。

ふとした出会い、旅の醍醐味ですね。

その方の名前は東京在住の高橋一喜さん。頂いた本とプロフィールを紹介します。

     

2017.06.29

晴耕雨読

17日中国から帰国してから,太宰府は、ほとんど毎日雨が降っています。
皆さんいかがお過ごしですか?

晴耕雨読じゃないですが、雨の中、外に出る気分にもならず、久しぶりに読書に
ふけっています。昔少し読みだしたのですが、途中でやめてしまった本を、今一度
読んでいます。

飯塚、田川のかっての筑豊炭坑が作者の原点になって、少年時代から青春時代を
駆け抜けていく時代背景を、一気に読んでいます。
五木寛之 青春の門 全7巻
 
2017.05.23〜24  
・・・知覧・指宿・開聞岳登山 行ってきました。!!・・・

少し、気分転換でHPのトップページのレイアウトを変えてみました。
もう少し手を加えていきますが、とりあえずUPします。

さて、5月20日中国から帰国して以来、九州は五月晴れの日々が続いています。
今回は、以前から行きたかった、知覧、指宿開聞岳と一泊泊まりで長距離を
走ってきました。

知覧特攻記念会館では、若い特別攻撃隊の隊員の姿に、なんともしがたい理不尽で、
やるせない気持ちがこみ上げ、涙が止まりませんでした。
大勢の中学生、高校生も来ていましたが、彼らにはどのように映ったのか・・・・・
平和な時代に感謝したいと思います。

指宿開聞の民宿で一泊して翌日は、早朝から開聞岳に登ってきました。
山頂は、あいにく霧に包まれ壮大なパノラマは見ることが出来ませんでした。

知覧から飛び立った特攻機の若者たちが、この開聞岳を本土の見納めと何度も
振り返ったと聞き、少し厳粛な気持ちで登ってきました。

下山後、指宿名物砂むし温泉で、汗を流して戻ってきました。

 
 
2017.04.29  ・・・”中国・常州駐在滞在日記”が完成!!・・・

さぁ・・・5月さわやかな季節になってまいりました。
今日から、ゴールデンウィークに突入、9連休の大型休暇の人も多いとか〜〜

tanisanも、この休みは、大分県の山に、車中泊、テント泊で山行を楽しんで来ようと
ワクワクしています。

さて、ようやく駐在記録 第2弾”中国・常州駐在滞在日記”が完成いたしました。
今、出来上がってきた本を手に取り、ぺージをめくると、どのページも書いた当時の思いが
蘇ってきて、しばし感動に浸っております。

この本は、2010年から昨年末までの6年間の常州で駐在・滞在の記録です。
滞在中、中国各地を訪問した記録や、会社の中国人スタッフの様子など
日常生活の中で、見聞きした生活目線の出来事を綴ったものです。
マスコミ等の報道では伝わらない、生の中国の姿の一端でも垣間見ていただけたら
幸いです。
出来ますれば、多くの人に読んでいただけたら大変嬉しく思います。

ただ、文才の無さは、いかんともしがたく、表現力の乏しさ、誤字脱字に関しては
伏してご容赦願います。

諸々手続で、5月半ばからAmazonで探索・購入することが可能になります。


    
中国-常州 駐在・滞在日記―常州で過ごした6年間の日々 2010~2016 谷澤 稔 本 通販 Amazon

2017.03.30
水彩同好会 ”春の文化祭” 発表

桜の開花予想から数日経っていますが、大宰府の桜は、まだ素敵な花の姿を見せてくれません。
待ち遠しい思いです。
さて、あと2日で3月も終わり、新年度4月に入ります。毎年この時期はなんとなく、ソワソワしてしまいます。
そして春のいろいろな行事が、あちこちで繰り広げられます。

tanisanの所属する水彩画同好会の発表会も”春の文化祭”と称して4月に行われます。
今日はその作品の搬入日で、メンバーの作品が会場に持ち込まれ展示を行ってきました。
こうした発表会に出展し、自分の作品が、人目にさらされるのは初めての経験です。
Tanisanは、3か月前に描いたF10号の作品2点を出品しました。
展示作業が終わり、白い壁に掛けられた自分の作品を見ていると、迫力不足・技量不足を感じてしまいました。
人の絵は、今までたくさん見てきましたが、改めてその奥の深さを感じています。
この展示会は4月30日までの約1か月開催されます。
ライフワークの絵は、改めて真剣に取り組んでいこうと思っています。


  須恵町 久我記念館          太宰府天満宮
 
2017.03.05
毎年恒例 確定申告の季節

毎年この時期になると、確定申告の書類作りに神経を使います。
今年も、3月3日に最寄りの税務署に申告書類を提出してきました。
最も、tanisanもこの確定申告は、今回で5回目になるので、おおよその要領は分かっています。

国税局の発行するネットフォーマットをダウンロードして、必要数字を打ち込んでいく
だけなのですが、やはり慣れない作業なので気を使います。
必要な証明書類などは、前もって準備しておく必要があります。

毎年のことですが、この書類を提出すると、なんだかとてもホッとします。
国民の義務を果たした気分で、その日は、少しだけ贅沢な外食で乾杯としゃれこみます。

帰国中は絵画教室、常州駐在滞在日記の校正の最終段階、山登り、そしてまた中国出張と慌ただしく
過ごしております。

そうそう、Hさんお便り有難うございました。下の掲示板にご返事させていただいています。
 
2017.01.22
中国春節(正月)前の忘年会

昨日中国から帰国しました。
さて、中国では1月27日から約1週間お正月(春節)休暇に入ります。
来週は、恐らくみんなソワソワ仕事にならないことでしょう。
先週の金曜日(20日)には恒例の忘年会がありました。
この日は、年1回のボーナス支給日でもあります。
いやがおうにもテンションは上がります。
中国の若者たちは、会場に持ち込んだ大量の酒(ビール,白酒、紹興酒、その他)を
次から次へと空にして、大賑わいです。
乾杯すれば、杯を空にするのが礼儀のようです。
酒が入ると、日ごろおとなしい連中(男も女も)も急に元気になって
面白い光景が展開します。
どこの国も、こうした宴会は同じですね〜〜
楽しい時間を過ごしました。
tanisanも飲めない体に鞭打って、紹興酒をたらふく飲まされました。
 
2017.01.01
新年明けましておめでとうございます。


さあ・・・・新しい年が、明けました!
2017年も皆さんにとって良い年でありますようお祈りいたします。

さて、tanisanは先月70歳の誕生日を迎え、今年も含め今後は、”健康と自立”をモットーに
上に書いたような内容で2ndライフを楽しんでゆこうと思っています。
当面は、・・・・絵を描く・・・・登山・・・・、車中泊の旅・・・・ が行動のメインになりそうです。
内容は都度upしてゆきますのでご期待ください。

とは言え、100% 2ndライフのスタートを切るのは、もう少し先になりそうです。2017年もしばらく
昨年同様、中国での仕事が続きそうです。ONタイム−OFFタイムの切換えをうまくして、2ndライフを
楽しむつもりです。

”70歳からの夢プラン”の実現に向けて羽ばたきます。
 
2016.12.09
70歳の誕生日を迎えました。


 12月9日,70回目の誕生日を迎えました
嬉しくもあり、ちょっぴり寂しくもあり、多少不安もあり、複雑な心境です。
節目の意味も込めて、ホームページの、トップページのレイアウトを少し変えてみました。
作りながら、これが実現出来れば随分贅沢な2nd Lifeになるな〜と思えてきました。
これからの時間を、有意義に過ごしたいとの決意表明のようなものになってしまいました。
リンク等、まだ不十分ですが、少しずつ改良してゆきます。

ただ、もともと根が気楽で暢気な性格なので、さほど、頑張るつもりはありません。のんびりと好きなものから、ゆっくり
楽しんでゆきたいと思っています。
少しずつ、また情報発信してゆきますので、時々覗いていただければ幸いです。
 
2016年10月01日
中国・国慶節


今日から10月に入り、ようやく秋を感じれる季節になってきました。
それにしても、今年の夏は、とりわけ暑かったですね!!
もともと、夏は好きな季節なのですが、今年は、さすがに少しバテました。
年齢のせいなのでしょうか?
皆さんはいかがですか?

さて、中国では、今日から約1週間、2大国民休日の一つの国慶節に入ります。
毎年のことですが、交通機関はマヒ状態になっていることでしょう。
もう一つの休日の春節(旧正月)は、都会で働く多くの人が、お土産をいっぱい持って
両親の住む田舎に帰ることが一般化しています。これはこれで、更にすさまじい人の
移動が生じます。
一方、国慶節は、田舎に帰るのではなく、家族で旅行をしたり、友人と会ったり、
どちらかというと、自分たちの楽しみに使うようです。
恐らく日本にも大勢の中国人観光客が、各地の観光地に押し寄せていることでしょう。

いずれにしてもこの時期には、中国には行かないほうが賢明です。
今月は少し落ち着いた、16日から2週間中国に出張です。
 2016年8月5日
車中泊旅行を楽しんでいます。

暑いですね〜〜  皆さんお元気でしょうか? 
う何日,雨が降ってないのでしょうか? こうも毎日暑いと,本当に、うんざりしてきますね〜〜
7月に中国に出張中に天津で39℃を経験しました。

さて、久しぶりに近況報告します。
7月、8月と、一人で、わが愛車(HONDA NーBox+)で車中泊旅行をしてきました。
7月は、長崎県平戸・生月島、8月は(つい先日ですが)山口県角島、萩、秋吉台と
道の駅で車中泊をしながら楽しい旅行をしてきました。
N−Box+は、もともと車中泊ができる
仕様の車ですが
、シートを倒しても完全フラットには
ならないので、さらに
寝心地をよくするため車内を、完全フラットなベッド仕様に自作改良して
快適な仕様にしています。

7月、平戸に行った際、高倉健主演の映画”あなたへ”の舞台になった薄香漁港にも寄ってみました。
ロケに使われた船や、写真館に立ち寄り、しばし健さんの面影をしのびました。

8月の角島は、透き通るようなエメラルドグリーンに感動。さらに萩は数回行っていますが、ここは
なんといっても、日本の夜明けを創造した維新の町です。吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允(桂小五郎)
久坂玄瑞、伊藤博文、この街を歩けば、胸が高鳴ります。

車中泊旅行は、基本的には高速道路を使わずに40〜60Kmのスピードで一般道を走るようにしています。
知らない町や、村、部落、人々の生活、自然の営みを、見ながらゆっくり走ると、いろんなものが見えてきて
とても楽しいものです。


  
平戸・薄香漁港  撮影に使われた”そよかぜ”と写真館

 
山口県・角島大橋          萩・木戸孝允 居宅
 2016年6月6日
DIYに挑戦しています。

天気予報では西日本は、梅雨に入ったとのこと。

花の知識は、ほとんど皆無に近いぐらい、お粗末なtanisanですが
梅雨の花と言ったら,紫陽花(あじさい)ぐらいは知っています。
それにしても、この漢字、なんともロマンチィックですね。

この時期、道を歩いていると、至る所に、咲き誇っているのを見ることが出来ます。
この紫陽花の花、いったい何種類あるのでしょうか?・・・・
特に素敵なグラデーションの紫陽花を見つけると、思わず見入ってしまいます。
可憐な花びらに、梅雨の滴が、丸くのっている様は、本当に”美”を感じます。

近いうちに、この紫陽花、絵に描いてみたいと思っています。透明水彩絵具の特徴の
”にじみ”や”ぼかし”の技法を、ふんだんに使って描いてみよう思います。
完成すれば、また ”tanisanのアトリエ” にUPしますので、見てください。

水彩画家の永山裕子さんの花の絵は、いつ見ても”凄い!!”と感動します。
絵の技法もさることながら、同じ花を見ても、心のスクリーンに映し出される姿が
凡人とは違うのでしょうね。芸術家の凄さに圧倒されます。
ユーチューブでもよく紹介されていますので、一度ご覧になってください。

さて、今日は、紫陽花の話題ではなく、以前紹介した,tanisanのDIYの趣味の話です。
2月14日のコラムで紹介しましたが、tanisanの家の裏庭にウッドデッキを作った話です。

そのデッキに手すりと屋根を取り付けました。
出来栄えをご覧ください。自分では、まずまずと思っています。屋根ができると、
雨の日も、ここで、本を読んだり、コーヒーを飲んだり、くつろぐことができます。
ちょうど梅雨の時期ですので、このデッキで紫陽花の花の絵を描いてみようかな〜
とも考えています。
夢が広がるデッキが出来ました。




2016年5月8日
遅ればせながら、スマホデビューしました。

GWも今日で終わり。 皆さんいかがお過ごしですか?

tanisanの最近の話題は、なんといっても携帯をガラケからスマホに変えたことです。
最も月の内、半分は、海外にいますので個人で携帯電話をかけることが、あまりなかったのですが、
時代の波に、乗り遅れないようにスマホデビューを4月にしました。

ただし、できるだげ経費を抑えたくて、SIMフリー格安スマホ(FREETEL)を購入。
購入に際して、いろいろ調べました。
結果下記の条件で購入(最もサービス店舗がないので、諸々の条件設定は自分ですることになります)

*スマホの弱点の電話代・・・・・・・5分以内かけ放題840円/月 現在キャンペーン期間中560円
*internet接続(通信)  ・・・・・・1Gbまで無料キャンペーン1年間
*音声付きSIM ・・・・・・・・・・・・・・使った分だけ1Gbまで1200円/月(ただし1年間無料)
*スマホ本体 ・・・・・・・・・・・・・・・・Priori3SLTE 17、800円

まだ使い始めたばかりなので、月々の料金は、よくわかりませんが、おそらく1500円〜2000円の
範囲と思います。

今まで使っていたauガラケは、ほとんど使わなくても毎月2500円程度の請求が来ていました。
今回解約するにあたり、2年契約途中の解約なので、10000円の違約金をとられましたが、
スマホに変えて満足しています。

internetもwifi回線で見れば通信料金はかからないし、画面はきれいし、電池も
4000mAhと通常の5インチスマホの約2倍持つし、何よりも毎月の経費が、ガラケよりも安くつくことに、大満足です。

皆さんのスマホ経費はどのくらいですか?

tanisanのIT機器もこれでPC(パソコン)、タブレット、スマホとレパートリーが充実してきました。

 2016年2月25日
内モンゴルの近く 銀川市に行ってきました。

2月19日から中国に来ています。今回は、忙しく中国国内の出張が続いています。
今まで中国国内も,随分いろんな都市に訪問したのですが、今回はびっくりしました。

皆さん、”銀川(yin chuan)って地名をご存知ですか?
tanisanも今回出張するまで全く知りませんでした。

出張することが決まり、早速、地図でその場所を探したのですが、これまたびっくりしました。
銀川は、中国北西部に位置し、寧夏回族自治区の首都、内蒙古自治区と接する北方の町です。
数百キロ先はモンゴルの国境です。

こんなところにも、日系の工場が、あるんですね〜
銀川についての詳しい話は、また別の機会に紹介したいと思いますが、tanisanがびっくりしたのは、
この地域の地形です。

飛行機がゆっくり下降し、地形が、はっきりと見えてくると、その迫力に、この時ばかりは、本当に興奮して
しまいました。

銀川の町の少し手前でしょうが、見渡す限り荒涼とした砂漠地帯が広がっています。一本の樹木もなく
茶褐色の荒れ果てた砂漠です。

大地の皺が不思議な造形を繰り広げ、ところどころに連なる白い線は、凍りついた河のようです。
まさに人を寄せ付けない自然の姿です。

不思議な迫力に、銀川空港に着陸するまで、窓から目を離せずに興奮に包まれていました。

その日の気温は、−8度でしたが、ホテルの部屋は床暖房が利き快適に過ごすことが出来ました。



2016年2月14日
街歩き:長崎見物 & DIY


少しずつ、春を感じる季節になってきました。
我家の庭の梅の木にも可憐な白い花がチラホラ咲き始めています。

さて、1月末に中国から戻ってきて、少しゆっくり時間を楽しんでいます。

今回は、2月4日と11日の2回に分けて長崎の”明治日本の産業革命遺産”(世界文化遺産登録)を、
見学するついでに、久しぶりに、長崎の町の散策も楽しんできました。
丁度この時期、長崎は、ランタンフェスティバルで町は、大勢の観光客で賑わっていました。
おりしも中国は春節休暇、大勢の中国人ツアー客“爆買ツアー”が大型客船で来ていました。

さて、世界文化遺産で行ったところは、 
端島”軍艦島”上陸、 三菱重工長崎造船所資料館、 旧グラバー住宅,

その他長崎散策で行ったところは
出島商館跡、大浦天主堂、東山手洋風住宅街、活水女学園、オランダ坂、孔子廟、諏訪神社、
亀山社中記念館、坂本竜馬の像、眼鏡橋、浦上天主堂、山里小学校、永井隆記念館、

行けなかったところは (以前行ったことがあるので今回は割愛)
平和公園、原爆記念館、シーボルト記念館、崇福寺

ということで、ほぼ全域を歩き回って来ました。2回とも目一杯の行程でフラフラになりましたが、実に
楽しい時間を過ごすことが出来ました。

話は変わりますが、tanisanはDIYにも挑戦しています。2月は、裏庭にウッドデッキを作ってみました。
プロの頼めば、約15万円ぐらいするとのことで、やる気になりGoodDayで材料を買ってきて
作ってみました。あと手すりを作るつもりです。ここまでの費用は、材料代で約3万円です。



2016年1月9日
昭和の時代が懐かしい!!

HP試行錯誤しながら、魅力あるページにしようと頑張っています。

さて、新しいページ ”tanisanの3丁目の夕日” を追加しました。
tanisanの過ごした少年時代から青春時代にかけて、まさに戦後の、どさくさから、日本が大きく
変化してゆく時代でした。懐かしい想い出がいっぱい詰まっています。
街頭テレビに飛んでいった頃や、タライで洗濯板で洗濯していた時代も知っています。
子供のころメルボルンオリンピックをラジオに耳を当てて聞いた記憶もあります。

先日、僕が、ウオークマンに入れて時々聞いている曲を、会社の若い連中が聞いて、その知らなさぶりに
正直唖然としてしまいました。”高校3年生””さいはての湖””美しい10代”こんな歌も知らないなんて・・・・
化石と言われようが、古いと言われようが、昨今の歌詞もわからない歌より、よほどノスタルジーが
あふれていて、あの時代の歌は心に響きます。
”懐かしのメロディー”のホルダーを作って約350曲が入っています。
こんな内容も、このページで紹介してゆきたいと思っています。

ご期待ください。
しばらくお待ちください。

2016年1月5日
明けましておめでとうございます

2016年の幕開けです。
毎年のことですが、新しい年を迎えるのは、なんとなくウキウキするものです。幾つになっても、
新しい出会いや、ふれあい、そんな好奇心が、くすぐられるのは楽しいものです。

いよいよ今年の誕生日で70歳の大台に乗ります。
はるけくも来たものかな〜〜
そんな気分にもなりますが、心の中では、いよいよアクティブな時間の到来と、心ひそかに楽しみにしています。
今年は、子供・孫たちの襲来もなく、静かに今年1年の行動を思い描いてみました。

さて、昨年の年頭にも同じことを書きましたが、このHP、なかなか更新できず、心苦しく思っています。
  ”最近全然更新されてないネ〜”   と、先日もお叱りを受けてしまいました。
今年は是非、HPの更新を通じて、諸々のアクティブな情報発信を心がけていきたいとお思っています。
どうぞご期待ください。

少し、言い訳ですが、昨年長年使っている愛用のPCがダウンし、再立ち上げはしたのですが、
HPのデーターも少し失ってしまい、再度立ち上げながら対応しています。
更新はできるだけ小まめにやっていきますので、時々覗いてください。

今年も、しばらくは、まだ仕事を抱えていますが、有効に時間を活用して、実り多い1年にしたいと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。
.

2015年8月4日
中国で偽札に遭遇

今年は、例年になく厳しい猛暑が続いています。 皆さんお元気でしょうか

さて、6月、7月は、相変わらず中国に出張で、ようやく8月は子供の帰省や、母の3回忌で大阪に墓参りに行ったりと、ほぼ1か月プライベートで過ごすことが出来そうです。

さてさて、今回は、7月、中国でニセ札に遭遇した話題です。
下の写真は、現在中国で流通している100元札です。現在のレートで約2000円になります。僕の財布に、この100元札が、入っており、食堂で支払いのため、この紙幣を出したところ、店の人が、しばらくして戻ってきて、このお金は、にせ札なので使えませんとのこと。

ほんとに僕の出したお金がニセ札だったのか、店が持っていたニセ札とすり替えられたのかは今となっては、分かりませんが、なんとなく、はめられたような気もしています。

それはさておき、上と下のどちらがニセ札か分かりますか?
このように本物と並べて説明を受けると、それなりに分かるのですが、外国人の僕では、
一見しても判別がつきません。
  
 
http://tanisan-hp.com/DSC00995.JPG   http://tanisan-hp.com/DSC00997.JPG  

実は、上がニセ札で、下が本物です。上と下と比べてみると、少しずつデザインが違ったり
しているのですガ、ニセ札だけ見ても、正直分かりません。更にこのニセ札相当長く市場で
流通していたのか、かなり年季が入っています。

そういえば、中国でお札を出すと、店員が疑わしき眼で100元札を透かしたり、触ったり
する様子によく出くわします。


いずれにしても、どれぐらいの数のニセ札が流通しているかは分かりませんが、こうしたことが日常起こるのでは、恐ろしい気がします。


こんなことは、僕の人生で、初めての経験です。流通通貨を、疑わないといけない国家なんて、安心して生活することはできませんよね。
今後の中国出張、すこし不安です。

それにしても、このお札、どうしたものか、扱いに困っています。
もし欲しい人がいれば差し上げます。


2015年2月24日
久しぶりのタイ

昨日無事に、タイから戻ってきました。パスポートを見ると、ちょうど1年半ぶりの訪問でした。
やはりタイのあの解放感は、特別ですね。空港に降り立つと、南国の熱気が、フワ〜と体を包み、一気に緊張感がほぐれてしまいます。

さて、今回は、1週間の予定で、到着日はバンコクに一泊、翌日シラチャに移動、仕事を済ませ、週末は、久しぶりにゴルフを楽しんで、日曜の夜の深夜便で戻ってくる予定です。

季節は、乾季の、終わりとはいえ、昼間は35度を超えています。しかし木陰に入ると意外と涼しく、やはり南国です。

多少時間の余裕があったので、バンコクもシラチャも、懐かしい場所を尋ねてきました。バンコクのプロンポーン駅周辺は、新しいビルが建築中で、少し面影が変わっていました。しかし喧騒さは、相変わらず当時と何も変わっていません。

日本人スーパーのフジスーパーも、大勢の日本人客で、ごった返していました。向かいの東京堂書店をのぞいてみると
僕の書いた バンコクだより が2冊、店の棚に展示されており、何か、少し誇らしげな感動で、しばし眺めていました。

さて、このタイ出張の後、3月9日から又、中国です。タイの柔らか〜〜い空気とは、また違い、少し緊張感を伴う中国は、同じ近隣諸国とはいえ、随分雰囲気が異なります。タイは7年の駐在、中国との、かかわりもすでに5年になりました。

福岡空港に、戻ってきたときに、乗ってきたタイ航空の横に、中国東方航空の飛行機が駐機していました。
出来たら、次はあれに乗らずに、もう一度タイ航空に乗ってタイに戻ってみたいな〜〜そんな本音が、頭の中をよぎりました。
やはり、心が軽〜くなるタイは、いい加減な僕の性分には、合っているのかもしれません〜〜。

2014年7月7日
遅延常習犯:中国航空会社・・2〜3時間遅延は正常? 定刻どうりはほとんどない!!

またまた中国の飛行機の話題です。
いつも、中国の飛行機の運航のでたらめさは、こんなものだと諦めているのですが、やはりその場に直面すると
腹立たしさが収まりません。

今回は12:30分福岡空港発 上海行きCA804便です。どういう訳か、以前もこの航空会社で大変な目にあいました。
上海から飛んでくるこの飛行機、福岡地方の天候悪化の理由で、福岡に着陸できないので上海に引き返しました。従ってこのCA804便は欠航になりました・・・・・・との突然のアナウス。


代替え便を、用意する予定ですが、天候の理由で、この代替え便も来るかどうかわかりません・・とのこと。

ほかの航空会社の便が次々と発着する中、いつになるかも、はっきりしないまま代替え機を待つしかありません。
腹立たしいのは、ほかの中国航空会社の便が後から定刻に到着して、客を乗せて上海に飛び立っていきます。
結局夕方18:00PM代替え機が到着して、これに後続便の乗客と共に乗って上海に向かいました。
上海に到着して、急いで上海の鉄道駅まで行きましたが、常州行の最終列車(21:30PM)に間に合わず、上海でホテルを探して泊まる羽目になってしまいました。

腹立たしいのは、中国の乗務員の態度 ご迷惑をおかけいたしました は絶対に言わないのも不思議です。
代替え便まで用意してわざわざ、来て乗せてやっている・・・・・そんな態度が感じられます。
降りるとき再見!!””Good Trip!!””See you agan!!決まり文句を平気な顔でノタマウのには、本当に、この人たちとは付き合いたくないと思ってしまうのは、僕だけでしょうか?

航空機の運航は、安全が第一なのは、よく理解できますが、客観的に見ても悪天候のせいにして、本当は別の理由で遅れているような(遅らせている)ような気がしてなりません。
まさかですが、乗客の数を見ながら、2回の飛行を1回で済ます間引き運行なんて・・・・・・ついついそんなことまで考えてしまいます。

世界中の国際便・国内便は、数多く乗ってきましたが、平気で5時間〜6時間、酷い時には、10時間以上遅らす・・・・
こんな思いをするのは、いつも中国の航空会社だけなのは・・本当に偶然なのでしょうか?

2014年6月25日(中国・常州市にて
中国:久しぶりに、さわやかな話題

ダウンしたパソコンも、かなり元通りに復旧し、やれやれと一息ついています。

さて、今日は、どうしても書きたかった話題です。
・・・・こんな不思議なことが中国で起こるなんて・・・・・

実は6月12日会社の山見君と広州に出張した時の話です。

この日、僕は常州から広州に飛行機で向い、山見君は日本から広州に入り、たまたま空港でうまく合流できて、二人で市内のホテルまで地下鉄で向った時のことです。

この地下鉄の中で、不覚にも山見君は袋に入れていた財布を、座席の足元に置いたまま、地下鉄に置き忘れ下車してしまいました。
ホテルのフロントで財布のないのに気付き、大慌て・・・・ 現金数万円、中国元1400〜1500元、その他クレジットカード、銀行のキャシュカード、運転免許所、健康保険証等、重要なものが入っていました。

この時点で彼は無一文です。空港駅で切符を買った後なくしているので、地下鉄の中に忘れたことは間違いありません。

 会社の広州事務所の厳さんに手伝ってもらい、鉄道警察に紛失届けを提出し、その他、カードの差し止め等被害を食い止めるべく対処をしました。
人口1000万人を超えるこの大都会広州で、落とした財布が見つかることは、万に一つも考えられません。彼も完全にあきらめていました。

そのまま出張を終えて、常州に戻ってきた16日のことです。(財布を失って5日目) 会社宛に山見君のところに1通の宅急便が届きました。


何と!!中に、彼のなくした財布が入っていました。現金は全てなくなっていましたが、大事なクレジットカードやキャッシュカード、免許書、保険証等はそのまま入っていました。宅急便の送り主の氏名から連絡を取ろうとしたのですが、電話をしても連絡が取れません。いろいろ手を尽くしましたが結局送り主を見つけることができませんでした。
いったい誰が・・・・・・


財布を拾ってお金を抜き取った本人か? それともお金が抜き取られ捨てられていた財布を拾ってくれた人か? 今となってはわかりません。
それにしても、わざわざ送料を払って、財布に入っていた名刺の本人に財布を送るなんて、これって凄いことだと思うのですが、どうでしょうか????

もしこれが、日本の場合だったらどうでしょうか?おそらく警察に届けるか、駅員に届けるかで、わざわざ本人に宅急便で送付するなんて、どうしてもそんな発想は思いつきません。何とも不思議な体験を目の当たりにしました。

この送り主の年齢も、性別も、分かりませんが, 仮に財布を拾って、そこからお金を抜き取った本人としても、わざわざ落とし主に宅急便を使って送り返すとは何とも粋な行為ではありませんか?
。 
事情がどうであれ、いつも苦々しく思っている中国人の中に、こんなにも、親切で、優しく、暖かく、少しのユーモアとペーソスをも含め、愛情のようなものを垣間見ることができ、驚きとともに、人間の良心の深さまで感じてしまいました。

財布を落とすなんて〜〜・・・・・ぼやぼやしたらダメですよ!! 戒めにお金だけは使わしてもらいます。あとは貴方にとって大事なものだからお返しします。

これからは気を付けてください。  では・・・・・
こんな感じでしょうか???

(追記)
遅くまで警察に付き合ってくれたり、カードの使用差し止めの連絡をしてくれた、わが社の広州事務所の厳さん、無一文なにった山見君に親切にも1000元を貸してくれたのです。

彼女にとっては大金です。常州に戻ってきて、山見君は早速、お礼を付けて彼女にお金を返したのですが、貸した1000元以外の一切の、お礼は必要ないとして受け取ってもらえないとのことです。
財布の宅急便事件といい、厳さんの行為といい、少し中国人の凄さを感じた事件でした。

ちなみに、広州事務所の厳氷氷さん(写真)は、日本語堪能、25歳の心優しき独身のとても可愛い女性です。





 

                            


2013年年9月2日
お袋の他界


2013年8月28日tanisanの母親が他界しました。大正8年生まれ、激動の時代を95歳まで元気に生き抜きました。神奈川に居る姉の近くの
擁護老人施設に入っていたのですが、亡くなる前日でも一人で出歩くほど元気でした。体調の急変で、ほとんど苦しむことなく旅出ったようです。

その日、tanisanは九重の大船山に登り、久しぶりの山歩きを楽しんでいました。”坊がツル”でテントを張り、満天の星の輝きに酔っていました。
夜の8時に携帯の電源を入れ何も連絡がないのを確認して休んだのですが、どうやらその直後に亡くなったみたいです。

その晩、深夜から、天気予報に反し雨が降り始め、風も出始めました。
翌日9時過ぎに再び携帯の電源を入れて、姉や、子供からも何度も連絡が入っているのを知りました。直ぐに電話を入れても、
1500m近い高地から、なかなか電話が繋がりません。ようやく姉と繋がり、昨夜9時過ぎにお袋が亡くなったことを知りました。
須賀森峠のガレ場を歩いていたときです。信じられない気持ちと、現実が交錯して、頭がパニクリながら、夢中でガレ場を小走りで下りました。
火山灰の黒い土壌の急な坂道で、何度も足を取られ、こけながら、優しかったお袋が、次から次に現れ、あふれる涙を止めることは
できませんでした。

長者原の駐車場まで掛け下り、高速で自宅まで戻り、必要なものを鞄に詰め、神奈川に向かいました。
親との別れは、子供にとって何にも代えがたい悲しみです。普通95歳と言えば天寿を全うしたお祝いに近いものになるのでしょうが、tanisanはとても
そんな気持ちにはなれません。冷たくなったお袋の顔を触りながら、人前もはばからず泣けて泣けてなりませんでした。

30日の通夜、31日の葬儀と慌ただしく時間が過ぎ、1日に骨壺に入ったお袋と共に太宰府に戻ってきました。

                                  

ページトップに戻る